相続放棄した故人の家

相続放棄した故人の家

相続人が故人の財産や借金を一切引き継ぎたくない場合、家庭裁判所で「相続放棄」を行うことができます。
相続放棄をすると、法律上は、初めから相続人ではなかったものと扱われ、財産を受け取る権利も、借金を返済する義務も完全に消えます。

しかし、現実の遺品整理ではよく次のような疑問が出てきます。

  • 相続放棄をしても故人の家は片づける必要があるのか?
  • 相続放棄後に遺品を整理したら「財産を受け取った」と見なされるのでは?
  • 家の家財道具は誰が処分するべきなのか?
  • 持ち家なのか賃貸なのかで扱いが違うのか?

法律上のルールと実務の違いがあるため、多くの人が誤解しやすい問題です。

以下では、相続放棄後の家の扱いについて、法律面・実務面の両方から詳しく説明します。


1. 結論:相続放棄しても家を片づける「義務」はない

まず結論から言うと、

相続放棄をした相続人には、故人の家を片づける義務はありません。

相続放棄をした時点で、相続人ではなくなります。
したがって、

  • 家の所有権
  • 家財の所有権
  • 故人の契約(賃貸契約など)を引き継ぐ義務

これらは一切消滅します。

法的義務はゼロです。


2. ただし「最低限の管理義務」は残る場合がある

相続放棄をすると“相続人でなかった”扱いになりますが、すぐに所有者が決まるわけではありません。

相続放棄をしても、

  • 次順位の相続人が相続するまで
  • または、誰も相続しない場合は最終的に国が引き継ぐまで

一定期間、故人の家は「宙に浮いた状態」になります。

この間、相続放棄をした人に対しては、“管理義務”(民法940条)が一定の範囲で残る とされています。

管理義務とは、

  • 家を荒らされたり壊されたりしないよう最低限の管理
  • 防犯上の施錠
  • 近隣への危険がないようにする
  • 水漏れや火災の危険を防ぐ

など、あくまで「現状維持」のための最低限の管理に限られます。

片づけ・処分・売却は、管理義務には含まれません。
これらを行うと「財産を処分した」と判断され、相続放棄が無効になる(単純承認と扱われる)リスクがあります。


3. 相続放棄後に勝手に片づけると危険:単純承認になる可能性

法律では、以下の行為をすると「相続を受けた」とみなされます。

財産の処分(代表例)

  • 家財の売却
  • 車の売却
  • 現金の引き出し
  • 家の撤去・解体
  • 貴金属の換金

これらを行うと、家庭裁判所から

「あなたは財産を処分した=相続したと判断します」相続放棄が認められない となる可能性があります。

そのため、相続放棄が完了する前に不用意に遺品整理・片づけを行うのは非常に危険です。

特に遺品整理業者を呼んで家財を大量に処分した場合、裁判所から「相続財産を処分した」と判断されるリスクが高まります。


4. 相続放棄後でもできること(合法の範囲)

相続放棄後、「管理のため」なら以下は認められています。

合法な管理行為(例)

  • 腐った食品を捨てる
  • 衛生上危険なゴミ(生ゴミ・排泄物など)を片づける
  • 施錠して空き巣対策をする
  • 水道を止めて漏水を防ぐ
  • 火災の危険がある家電を撤去(廃棄は不可)
  • 最低限の掃除(異臭対策)
  • 雨漏りや火災など、近隣に重大な損害がでる危険を放置しない

これらは「財産を増やす」「価値を変える」ことではなく、あくまで財産の維持管理に必要な行為のため、相続放棄後でも問題ありません。

管理のための費用は?

通常は管理者自身の負担になります。
ただし、後から相続人(次順位)や相続財産管理人に請求できる場合もあります。


5. 相続放棄後、家の片づけは誰が行うのか?

相続放棄をした相続人が片づける義務はありません。では誰が片づけることになるのでしょうか。

ケース別に説明します。

ケース①:次順位の相続人がいる場合

相続放棄をすると、その次の順位の相続人に権利や義務が移ります。

例)
第一順位:子ども →相続放棄
第二順位:親
第三順位:兄弟姉妹

次の相続人が相続するかどうかを決めるまで、相続放棄した人には管理義務が残ります。

最終的に次順位の人が

  • 相続する → その人が片づける
  • 相続放棄する → さらに次の人へ

と続きます。

ケース②:全員が相続放棄した場合 → 国庫に帰属

最終的に誰も相続しない場合、財産は国に帰属します。

国が片づけるのか?

結論:

国は片づけません。

国庫帰属はあくまで「所有権が国に移る」だけであり、建物の管理や清掃、処分を国が行う義務はありません。

そのため、家は放置され、廃屋化するケースが非常に多いです。

ケース③:相続財産管理人が選任される場合

相続人全員が相続放棄した場合、利害関係人(銀行、貸主、自治体など)が、家庭裁判所に申し立てを行い「相続財産管理人」が選ばれることがあります。

管理人は以下の権限を持ちます:

  • 家の管理
  • 家財の処分
  • 負債の整理
  • 残余財産を国に帰属させる

この場合、家の片づけや売却も法律に基づいて行われます。

ただし、相続財産管理人の選任には費用がかかり、通常は関係者が予納金として20〜50万円程度支払う必要があります。


6. 賃貸住宅の場合はどうなる?

賃貸物件に故人が住んでいた場合、状況はさらに複雑になります。

【賃貸の場合の重要ポイント】

  1. 相続放棄をしても賃貸契約の解約義務はない
  2. 大家(管理会社)が室内を片づける義務はない
  3. 遺品を撤去しないと家賃が発生し続ける場合がある

賃貸の契約者が亡くなると、本来は相続人が契約を引き継ぎ、退去手続きと片づけをします。

しかし相続放棄をすれば相続人ではなくなるため、本来は賃貸契約の義務も引き継がないのが法律上の立場です。

ただし実務では、

  • 物件の明け渡しが進まない
  • 遺品が残ったままになる
  • 家賃が滞納され続ける

といった問題が起こるため、管理会社から「片づけをお願いできませんか?」と相談されることも多く見られます。

しかし、これはあくまで「お願い」であり、相続放棄をした相続人が応じる義務はありません。


7. 相続放棄後の遺品整理はどう進めるのが正しいか?

相続放棄後に片づけを行う場合は、必ず以下を守る必要があります。

① 相続放棄が受理されるまでは絶対に遺品を処分しない

家庭裁判所の許可が出る前に片づけると、

  • 相続放棄が無効
  • 借金を引き継ぐ結果になる

という最悪の事態が起こり得ます。

② 管理目的の片づけに限定する

  • ゴミ・腐敗物の処分
  • 異臭や害虫の防止
  • 防犯のための簡易清掃

これを超えてはならない。

③ 遺品整理業者に依頼する場合は必ず「管理目的」であることを伝える

業者にも注意してもらい、
価値のある財産を処分しないよう徹底する必要があります。


8. まとめ:相続放棄した家は片づける義務なし。ただし管理義務は残る場合あり

最後にポイントを整理します。

【結論】

  • 相続放棄した人には家を片づける 法的義務はない
  • ただし次の相続人が決まるまで 最低限の管理義務は残る
  • 片づけをしすぎると「単純承認」とみなされ相続放棄が無効になる
  • 賃貸の場合、大家から依頼されても義務ではない
  • 相続財産管理人が選任されれば、家の片づけも法的に処理される

相続放棄は、故人の借金や負債から相続人を守るための非常に強力な制度ですが、放棄後の家の扱いは非常にデリケートで、誤った判断をすると相続放棄が無効になりかねません。

遺品整理・不動産・相続法務は相互に絡むため、状況によっては、弁護士・司法書士・行政書士の専門家への相談が不可欠です。

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