自筆証書遺言(自筆遺言書)が認められるための要件

自筆遺言書が認められるための要件

自筆証書遺言(じひつしょうしょゆいごん)とは、遺言者がその全文・日付・氏名を すべて自筆で記載し、押印することで効力が認められる遺言方式 のことです(民法968条)。自筆証書遺言は、費用がかからず、思い立ったときにすぐ作成できるという利点がありますが、要件を満たさないと 遺言全体が無効 となるリスクも高い方式です。そのため、法的に有効な遺言として認められるためには、民法で定められた形式を正確に守らなければなりません。

ここでは、自筆遺言書が認められるための要件について、法律の規定内容、実務上の注意点、無効になりやすいポイントなどを含めて詳しく解説します。


自筆遺言書の基本要件(民法968条)

全文を遺言者が自書(自筆)すること

自筆遺言書の最大の特徴は、全文を遺言者本人が手書き で記載する必要がある点です。
これは代筆・パソコン入力・家族によるメモ書きなどは一切認められず、遺言者の直筆であることが必須です。

自筆でなければならない理由:

  • 遺言が本当に本人の意思によるものか確認しやすい
  • 偽造・改ざんを防止するため
  • 遺言能力があったことを間接的に確認できるため

さらに、途中で筆跡が変わったり、一部だけ誰かが書いた場合には、その部分が無効または遺言全体に重大な問題を生じることがあります。

なお、2019年の法改正により 財産目録だけは自書を要しない とされました。これについては後述します。


日付を自書すること

自筆遺言書には必ず 日付の記入 が必要です(民法968条1項)。
日付がない遺言は無効となります。

不十分な日付の例:

  • 「令和6年吉日」 → 無効
  • 「2025年春頃」 → 不明確で無効
  • 「2025年1月」 → 日の記載がないため無効

認められる日付の例:

  • 「令和7年1月15日」
  • 「2025年1月15日」
  • 「2025年1月吉日」はダメだが、「2025年1月15日(吉日)」は問題なし

日付が必要な理由は、複数の遺言がある場合にどれが最新かを判断するため です。


氏名を自書すること

遺言者の氏名も、自筆で記載する必要があります。姓だけ、名だけではなく、原則として フルネーム が必要です。

ただし、以下のような場合でも有効と判断される可能性があります。

  • 家族内で明確に特定できる「通称名」
  • 芸名
  • 旧姓を使用している場合

とはいえ、法的紛争のリスクを減らすためには 戸籍上の氏名を正確に書く ことが推奨されます。


遺言者本人の押印

自筆遺言書には 押印が必須 です。認印でも可能ですが、偽造疑惑を避けるためには実印が望ましいです。
拇印(母印・指印)は、やむを得ない事情がある場合に有効と判断された判例もありますが、原則として 朱肉の印鑑を使うことが安全 です。

押印がない場合、形式的要件を欠き、遺言書自体が無効となる可能性が極めて高くなります。


財産目録のパソコン作成が可能になった理由

2019年の改正により、財産目録については自筆である必要がなく、パソコンで作成したり、通帳のコピー・不動産登記簿のコピーを添付するだけでも許される ようになりました(民法968条2項)。

ただし、

  • 財産目録の各ページに署名と押印
  • または財産目録の全体に署名押印

が必要です。

この制度変更は、現代では財産が多様化しており、手書きで大量の財産を記載するのが現実的でないという事情を考慮したものです。


加筆・訂正の方法にも厳格なルールがある

自筆遺言書の弱点のひとつが、加筆や訂正方法にも厳格な形式がある ということです。

遺言者が後から内容を変更したい場合には、以下を必ず記録する必要があります。

  • どの部分を取り消し(または変更)したかを明確にする
  • 修正した年月日を記載する
  • 変更部分に署名する
  • 変更箇所に押印する

この手順を踏まないと、変更部分すべてが無効になる恐れがあります。


実務上よくある無効・トラブル例

以下のようなケースでは、遺言書が争われたり、無効と判断されたりする可能性があります。

日付の記載ミスや不明確な日付

例:「令和5年8月吉日」「2024年春ごろ」
→ 全面無効となる可能性が高い。

財産の記載が不明確

例:「家は長男にやる」
→ どの家か特定できない場合、無効の危険。

押印を忘れる

→ 形式的要件を欠き無効。

本人が書いていない部分がある(代筆・代書)

→ 全文自筆が前提のため無効。

加筆訂正をしたが、訂正方法の要件を満たしていない

→ 変更部分が無効。

これは非常に多く、実務では最も典型的な間違いです。


自筆遺言書を保管する際の注意点

自筆遺言書は、自宅で保管していると

  • 紛失
  • 破損
  • 家族が隠してしまう
  • 改ざんの危険

などの問題があります。

そのため2020年からは、法務局の自筆証書遺言書保管制度 が始まりました。

法務局に預けるメリット:

  • 原本を国が厳重に保管
  • 家族が勝手に開けることができない
  • 開封時に家庭裁判所の検認が不要
  • 方式違反のチェックを受けられる

これは自筆遺言書の弱点を大幅に補う制度として注目されています。


自筆遺言書の有効性を高めるためのポイント

  1. 全文・日付・署名・押印を自筆で書く
  2. 財産目録はパソコンでもOKだが、すべてのページに署名と押印
  3. 訂正は民法の厳格な方式に従う
  4. 内容を明確に書く(不動産なら登記簿の記載と同じにする)
  5. 法務局の保管制度を使うことを検討する
  6. 専門家(弁護士・司法書士)のチェックを受けると確実
  7. 定期的に見直して、必要があれば新しい遺言書を作る

自筆遺言書は手軽ですが、わずかな形式ミスで無効になるため、慎重に作成する必要があります。


まとめ

自筆遺言書が認められるためには、

  • 全文自書
  • 日付の自書
  • 氏名の自書
  • 押印
  • 訂正の方式を守る
  • 財産目録には署名押印

といった民法上の厳格な要件を満たす必要があります。

特に、日付の欠落・押印忘れ・訂正方法の不備などは非常に多く、ほんの少しのミスで遺言書が無効になる可能性があります。
そのため、形式的要件を正確に満たしつつ、内容を明確に記載し、できれば専門家のアドバイスを受けたり、法務局の遺言書保管制度を利用することが望ましいといえます。

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