故人に債務があった場合の相続放棄

2025年11月19日

相続と債務の関係

故人に債務があった場合の相続放棄

人が亡くなると、その人が生前に所有していた財産や権利義務は相続人に承継されます。ここで注意すべきは、プラスの財産(預貯金や不動産など)だけでなく、マイナスの財産(借金や未払い金)も同様に相続の対象となる点です。銀行からの借入金、クレジットカードの残債、家賃の滞納、知人からの借金などはすべて相続されます。

相続人は法定相続分に応じて債務を負担する義務を負うため、相続が始まると自動的に返済義務が生じます。相続を避けたい場合には、相続放棄という制度を利用することが可能です。

相続放棄とは

相続放棄とは、家庭裁判所に申述を行い、最初から相続人ではなかったものとみなしてもらう制度です。これを行うと、遺産(プラスの財産)も債務(マイナスの財産)も一切引き継がなくなります。

例えば故人に多額の借金があった場合、相続放棄をすれば借金返済を求められることはありません。ただし同時に、不動産や預貯金などのプラスの財産を受け取る権利も失います。

相続放棄の期限と手続き

相続放棄は「自己のために相続の開始があったことを知った日から3か月以内」に行わなければなりません。この3か月を「熟慮期間」と呼びます。通常は故人の死亡を知った日から起算されることが多いです。

相続放棄を希望する場合は、故人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に「相続放棄申述書」を提出します。提出後は照会書への回答を経て、「相続放棄申述受理通知書」が発行され、これで正式に放棄が認められます。

相続放棄と承認の区別

相続には「単純承認」「限定承認」「相続放棄」の三つの選択肢があります。

  • 単純承認:プラスもマイナスもすべて相続する
  • 限定承認:プラスの財産の範囲でマイナスを弁済する
  • 相続放棄:最初から相続人ではなかったことにする

相続放棄を選ぶ場合、故人の財産に手を付けると「単純承認」と見なされる恐れがあります。たとえば、銀行口座から預金を引き出した、遺品を売却したなどの行為は相続を受け入れたと判断され、放棄が認められなくなる可能性があります。

相続放棄後の他の相続人への影響

相続放棄をすると、その人は法律上「最初から相続人ではなかった」ことになります。このため、放棄した人の法定相続分は、次順位または同順位の他の相続人に移動します。

具体的なケース

  1. 子が複数いる場合
    父が亡くなり、子が3人いたとします。そのうち1人が相続放棄すると、その子の相続分は残りの2人に按分されます。結果として、残りの2人が財産も債務も分け合うことになります。
  2. 相続人が1人だけの場合
    子が1人しかおらず、その子が相続放棄した場合、次順位の相続人である両親が相続人となります。両親が既に亡くなっている場合には、祖父母へと移り、さらにいなければ兄弟姉妹に相続権が及びます。
  3. 兄弟姉妹が相続人になる場合
    子も両親もいない場合、兄弟姉妹が相続人となります。兄弟姉妹が相続放棄した場合、その子(甥や姪)が代襲相続することになります。

他の相続人への負担の増加

相続放棄は個々の相続人に認められる権利ですが、放棄によって残された相続人に債務の負担が集中することがあります。たとえば兄弟3人のうち2人が放棄すれば、残りの1人がすべての財産と債務を背負うことになります。そのため、相続放棄を検討する際には、他の相続人との関係性や今後の負担のバランスも考慮する必要があります。

放棄が連鎖する場合

相続放棄は連鎖的に起こることがあります。長男が放棄し、次に二男も放棄し、最後に三男も放棄すると、次順位の相続人へと順次移っていきます。最終的には誰も相続しない状態となり、財産や債務は「相続財産管理人」が選任されて整理されることになります。

相続放棄と相続人間のトラブル

相続放棄をめぐっては、他の相続人との間で感情的なトラブルが発生することがあります。

  • 債務があるとわかっているのに「自分だけ逃げた」と責められる
  • 故人の遺品整理や住宅の明け渡しなど、実務を誰が負担するかでもめる
  • 放棄した相続人が葬儀費用を負担しないことへの不満

法的には相続放棄をすれば債務を負わない立場になりますが、現実の人間関係においては摩擦を生むことが少なくありません。そのため、放棄を考える際には他の相続人に事情を説明し、理解を得ておくことが望ましいです。

相続財産管理人の選任

すべての相続人が放棄した場合、誰も財産や債務を引き継がない状態になります。このとき、債権者や利害関係人の申立てにより、家庭裁判所が「相続財産管理人」を選任します。管理人は遺産を調査・換価し、債務の弁済や残余財産の処理を行います。相続人が誰もいない状態で放置されると、債権者は回収できなくなるため、この制度によって整理が図られるのです。

限定承認との比較

相続放棄は債務を完全に免れる方法ですが、プラスの財産も受け取れません。これに対して「限定承認」は、プラスの財産の範囲内でのみ債務を返済する制度です。たとえば、不動産が残されていて債務もある場合、限定承認をすれば不動産を売却して借金を返済し、余りがあればそれを相続人が取得できます。

ただし限定承認は相続人全員の同意が必要であり、手続きも複雑なため利用される例は少ないです。現実には、手続きが明確で確実に債務を回避できる相続放棄が選ばれるケースが多いのが実情です。

相続放棄を考えるときの実務上のポイント

  1. 故人の財産と債務をできる限り早く調査する
  2. 相続放棄の期限(3か月)を意識し、必要なら延長申立てをする
  3. 財産を勝手に処分しない(単純承認と見なされないよう注意)
  4. 他の相続人に放棄の意思を伝え、理解を得ておく
  5. 放棄後は「受理証明書」を取得し、債権者に提示して請求を止める

故人に債務がある場合、相続放棄は相続人を守るための有力な制度です。ただし、放棄によって他の相続人に債務負担が移るため、相続人全体のバランスに大きな影響を与えます。相続放棄を検討する際には、法律上の効果だけでなく、親族関係や今後の負担の分配を含めて冷静に判断することが求められます。

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