故人が契約していた賃貸住宅の退去
賃貸借契約の相続と基本的な考え方
賃貸住宅に住んでいた方が亡くなった場合、その賃貸借契約は自動的に終了するわけではありません。法律上、契約は相続人に承継されます。つまり、相続人は故人の契約上の地位を引き継ぐことになります。そのため、退去や解約の手続きを行うのは相続人の役割となり、放置すると家賃や共益費が発生し続けてしまいます。
賃貸借契約に関する義務も相続の対象となるため、遺産分割が終わる前であっても、相続人全員が連帯して対応する責任を負います。したがって、相続人の誰かが代表して管理会社や大家と連絡を取り、退去までの実務を進める必要があります。
管理会社や大家への連絡
まず行うべきは、故人が亡くなったことを管理会社や大家に知らせることです。死亡日や相続人の連絡先を伝えることで、今後の手続きをスムーズに進めることができます。この段階で解約の意思を伝え、退去日や立ち会いの日程を調整することが望ましいです。
解約に関しては、賃貸借契約書に記載された「解約予告期間」に従う必要があります。一般的には1か月前予告が多いですが、2か月前となっているケースもあります。相続人が故人の死亡を知ってから速やかに連絡することで、不要な家賃発生を最小限に抑えられます。
家賃や共益費の清算
故人が亡くなった後も、契約が残っている限り家賃や共益費は発生します。解約日までの賃料は相続人が支払う必要があります。もし前払い分があれば、敷金精算の際に相殺されるケースもありますが、滞納がある場合は敷金から差し引かれ、さらに不足があれば相続人が負担しなければなりません。
相続放棄を検討する場合であっても、放棄手続きが完了するまでは相続人としての責任があるため、注意が必要です。特に賃料の滞納が長期化すると遺族の負担が大きくなるため、早期対応が重要です。
室内の遺品整理と原状回復
退去にあたっては、室内に残された故人の遺品を整理し、搬出する必要があります。これを怠ると「残置物」とされ、大家が処分する場合の費用を請求されることになります。相続人が自ら遺品整理を行うのが基本ですが、量が多い場合や遠方に住んでいる場合には、遺品整理業者に依頼する方法もあります。
また、故人が居住中に室内を損耗させた部分については、原状回復義務が生じます。もっとも、通常の使用による経年劣化については借主の負担ではなく大家の負担とされるため、壁紙や床の色あせなどは請求されないのが一般的です。ただし、喫煙による黄ばみやペットによる傷など、故意・過失に基づく損耗については相続人が負担することになります。
敷金の精算
退去後は、敷金の精算が行われます。敷金から未払いの家賃や修繕費用が差し引かれ、残額があれば相続人に返還されます。返還先を指定するために、代表相続人の口座を伝えておくと手続きがスムーズです。相続人が複数いる場合は、返還された敷金も相続財産の一部として分割協議の対象になります。
公共料金や契約の解約手続き
退去に伴い、電気・ガス・水道といったライフライン契約や、インターネット回線、固定電話などの契約も停止・解約する必要があります。これらを放置すると基本料金が発生し続け、無駄な費用が相続人に請求されてしまいます。
電気やガスは利用停止の連絡を入れるだけで解約できる場合が多いですが、インターネットや携帯電話などは故人名義の契約となっているため、死亡を証明する書類(戸籍謄本や死亡診断書)が必要になることもあります。各サービス提供会社に連絡し、必要書類を確認しておくとよいでしょう。
保険や保証人に関する手続き
賃貸契約には保証会社や連帯保証人が付いている場合があります。保証会社を利用していた場合は、相続人が解約手続きを行えば特別な負担はありません。一方で連帯保証人が個人の場合、故人の死亡後も保証人の責任は残るため、保証人に迷惑をかけないためにも相続人が速やかに退去手続きを進めることが望まれます。
また、家財保険などが付随している場合も多く、解約の申し出をしないと保険料が引き落とされ続けることがあります。こちらも忘れずに対応する必要があります。
相続放棄を考える場合の注意点
相続放棄を検討している場合、賃貸借契約の扱いは特に注意が必要です。相続放棄をすれば契約上の地位も承継しなくなりますが、家庭裁判所で手続きが完了するまでは相続人としての責任が残ります。そのため、放棄が成立する前に発生した家賃や処分費用は負担しなければならない場合があります。実務上は、放棄予定であっても管理会社に事情を説明し、可能な限り速やかに退去手続きを進めることが大切です。
実務を進める際のポイント
相続人が複数いる場合、誰が中心となって退去手続きを行うのかを明確にしておくとトラブルを防げます。代表者を立てて大家や管理会社との窓口を一本化し、他の相続人にも進捗を共有することで円滑に進められます。
また、退去立ち会いの際には、修繕費用の負担範囲について確認を行い、後日思わぬ高額請求を受けないよう注意する必要があります。立ち会い時に写真を撮って記録を残しておくと安心です。
以上のように、故人が賃貸住宅に住んでいた場合、相続人は管理会社への連絡、家賃の清算、遺品整理、公共料金の解約、敷金の精算など多岐にわたる手続きを行わなければなりません。どれも放置すると相続人の負担が増してしまうため、できる限り早めに対応することが求められます。





